「骨に異常はありませんよ」 「画像を見る限り、もう完治しています」
そんな言葉に、どれだけ多くの人が孤独を感じてきたでしょうか。 医者が言う「治った」は、あくまで組織が元通りになったという記号に過ぎません。でも、私たちの体は記号ではなく、毎日を生きるための道具です。
痛いものは、痛い。不具合を感じるなら、それはまだ治っていない。
私は、単に形を元に戻すだけの場所ではなく、あなたがもう一度全力で走り、笑い、日常を楽しめる「動ける喜び」を取り戻すための場所を作りたい。そんな思いで整体師を目指しています。
「異常なし」と言われても消えない痛みの正体

病院で検査を受け、「骨にも神経にも異常はありません。きれいに治っていますよ」と診断された。本来なら喜ばしいはずの言葉ですが、もしその瞬間にまだ痛みが残っていたら、あなたはどう感じるでしょうか。
おそらく、「先生はああ言うけれど、自分の中ではちっとも治っていない」と、やり場のない不安を感じるはずです。
医者の「治る」と、患者の「治る」
ここには、医療現場と患者さんの間にある「定義のズレ」が存在します。
- 医師の視点(解剖学的な治癒) 画像診断や数値において、傷ついた組織が修復され、構造的な異常がなくなった状態。
- 患者の視点(機能的・主観的な治癒) 痛みから解放され、以前と同じように、あるいはそれ以上に動ける喜びを感じられる状態。
私は、医師が「治せない」と言いたいわけではありません。現代医療の力で組織が修復されることは、回復への大きな第一歩です。しかし、「解剖学的なゴール」が、必ずしも「治療のゴール」と一致するわけではないというのも、また事実なのです。
組織の形よりも「動ける喜び」を優先したい

想像してみてください。 例えば、膝の軟骨が少しすり減っていたり、画像上では少し変形が残っていたりしても、本人が全く痛みを感じず、大好きなテニスを全力で楽しみ、旅行で元気に歩き回れているとしたら。
それは、その方にとって「最高の健康状態」と言えるのではないでしょうか。
たとえ解剖学的に100点満点の形に戻っていなくても、日常生活やスポーツで満足のいくパフォーマンスを発揮できること。 私は、それこそが患者さんの幸せに直結すると信じています。
痛みではなく「あなた」に向き合う整体師として

わたしの目指す整体師の役割は、画像に映る「部位」を直すことではありません。 「痛みのせいで諦めていたこと」を取り除き、動ける身体と、それによって得られる安心感を取り戻すお手伝いをすることです。
- 「異常なし」という言葉に、一人で傷つかなくて大丈夫です。
- 「もっと動きたい」という本音を、我慢しなくて大丈夫です。
胸を張ってこう言える整体師になりたい。組織の修復の先にある、あなたの「やりたいことができる幸せ」。そこをゴールに設定し、一緒に歩んでいける整体師でありたいと思っています。


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