進学校の教員として教壇に立ち続けて、およそ30年。 私は今、2年後に教職を辞し、プロの整体師になるという新しい道を決意しています。
これは決して、今の仕事から逃げ出すわけではありません。自分自身の「仕事への誇り」と、変わりゆく時代の価値観の間で悩み抜いた末に見つけた、前向きな終止符です。
努力の先に、輝く瞳があった
これまでの私の教員生活は、目標に向かって泥臭く努力する生徒たちを応援することに、何よりの喜びを感じる日々でした。
「どうしても〇〇大学に入りたい」と、憧れという高い山に挑む者。 「この研究がしたいから、学部はここじゃなきゃダメだ。大学のブランドなんて関係ない」と、探究心に燃える者。
目指す方向は違えど、彼らは皆、自らの手で未来を掴み取ろうと必死に机に向かっていました。そのひたむきな姿を一番近くで支えられるこの仕事に、私は心からの誇りを持っていました。
忍び寄る「楽をしたい」という価値観の変化
しかし、ここ数年、教育現場の空気は明らかに変わってきました。 生徒や保護者から投げかけられる質問の質が、以前とは決定的に異なっているのです。
「勉強はしたくない。でも、大学には行きたい」 「どうすれば、一番楽に合格できますか?」
私の肌感覚だけではありません。年明けを待たずして進路が決まる「年内入試(推薦・総合型選抜)」を利用する生徒が圧倒的に増えたことが、その証左です。
年内に合格を決めること自体が悪いわけではありません。 しかし、その動機が「学びたい」ではなく「苦労から逃げたい」にすり替わっている現状には、強い違和感を禁じ得ません。
「頑張って力をつけて、希望する進路に届くようにしよう」 そう声をかけても、生徒も保護者も、ふっと目をそらす。 努力することの尊さが、今の教育現場では形骸化してしまったのかもしれない——。そう感じた瞬間、私の中で大切に育ててきた「教員としての誇り」が、音を立てて崩れていくのを感じました。
逃げではなく、挑むための2年間
私は、教員を辞めるその日まで、決して手を抜くつもりはありません。 残された2年間、私はこれまで通り、全力で生徒たちと向き合います。たとえ時代が変わっても、学ぶことの本質を伝え続けることが、30年お世話になった教育界への恩返しだと思っているからです。
そして同時に、もう一つの挑戦を始めます。 それが「整体」の勉強です。
これまで「心」や「頭脳」の成長をサポートしてきましたが、これからは「身体」という側面から、人の人生を支えていきたい。誰かの痛みに寄り添い、自らの手で直接的に人を癒やす。その新たなプロフェッショナルへの道も、私は全力で駆け抜けるつもりです。
教育者として、そして一人の人間として。 最後の一日まで誇りを持って教壇に立ち、同時に、新しい自分を創り上げる準備をする。
私の「第2の人生」へのカウントダウンは始まっています。

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